この松代の東条地区に玉依比売命神社が存在します。
その由緒書には以下事が書かれています。

神社創建の縁起によれば、「人皇八代孝元天皇十六年四月十六日東条斎川の値に勧請された」とあり、斎川とは現在の岩沢である。
と書かれております。

ウィキペディアによると孝元天皇十六年は紀元前199年になります。
岩沢地区のどこに元宮があったのか大変気になるところです。

区長のお話ではこの古民家が岩沢地区で最も古いものだとの教えていただきました。
斎川とは、この敷地内に流れている小川の事ではないかと考えられます。
また、昨年の雑草伐採の際に祠が3基発見され、元宮がこの古民家周辺にあったのではないかとの推測が成り立ちます。

古代においては、小川の水の利用と、薪の利用は生活に欠かせないものであったと考えられますので、この地に神社を創建したのだと思います。

由緒書きによれば、神社は二回移転して現在に至っていると書かれています。
一回目の移転先は中川地区で里山の中腹あたりに位置しますが、「磯並三社大明神(いそならべさんしゃだいみょうじん)と称した」と書かれており、当時は三神を祀っていた事を考慮すると、この3基の祠が元宮である可能性が増してきます。

余談ですが、雑草伐採作業の際に祠を発見した時、私は自然と涙があふれてきました。
何年もここでわたしを待っていてくれたのだと直感しました。
こんなに待たせてごめんなさい。と、言いながら、祠の発掘をしました。

現在はまだ祠の修復までには至りませんが、いずれ元宮として修復したいと考えております。